チビチリガマ
赤旗文化セミナーの私の担当教室で沖縄のガマのことを教材にした。太平洋戦争の最後の時期、1945年4月1日、米軍が沖縄読谷海岸に上陸した。日本軍はすでにそこにいなかった。141人の住民はチビチリガマに隠れた。ガマの中で自決した人もいたが、何人かは米軍に撃たれてその場で死んだ方がいいとガマを出た。ところがその人たちは殺されるどころか救われた、という内容。
生徒さんは、何カ所かの分からない(日本語に訳せない)文はあるが内容は理解できる。だから、学校なら3~4時間かかって単語、文法などの説明をしたあとで日本語にするのだが、面倒な説明は抜きにして訳しながら必要に応じて文法の説明や単語の意味を話した。1時間半の教室で読み終え得ることができた。
この教材の資料にチビチリガマが荒らされたことを報じた琉球新報の電子版の記事を使った。本土の新聞と違って詳しく、5枚の写真も掲載している。荒らされた様子がよくわかる。
犯人がまさか、少年たちだったとは誰も想像もしていなかった。一通り日本語に訳したあとでの雑談で、沖縄なら平和教育をしっかりしていて、若い子がそんなことをしたことに驚いたという人ほとんどだ。沖縄の教育はどうなっているのかといぶかる人もいた。ヘイトスピーチのグループがやったと思っていた人もいた。「あんな事をやる子は、学校をサボってばかりいて、きちんと教育を受けていない子だ」ということが結論になった。本当のことは分からない。しかし、何人かの人は、沖縄へ行ったときの印象であの沖縄できちんと教育を受けていたらあんなことができるはずがない、と言った。沖縄の人に、現地での受け止め方、特に教員の思いを聞いてみよう。
生徒さんは、何カ所かの分からない(日本語に訳せない)文はあるが内容は理解できる。だから、学校なら3~4時間かかって単語、文法などの説明をしたあとで日本語にするのだが、面倒な説明は抜きにして訳しながら必要に応じて文法の説明や単語の意味を話した。1時間半の教室で読み終え得ることができた。
この教材の資料にチビチリガマが荒らされたことを報じた琉球新報の電子版の記事を使った。本土の新聞と違って詳しく、5枚の写真も掲載している。荒らされた様子がよくわかる。
犯人がまさか、少年たちだったとは誰も想像もしていなかった。一通り日本語に訳したあとでの雑談で、沖縄なら平和教育をしっかりしていて、若い子がそんなことをしたことに驚いたという人ほとんどだ。沖縄の教育はどうなっているのかといぶかる人もいた。ヘイトスピーチのグループがやったと思っていた人もいた。「あんな事をやる子は、学校をサボってばかりいて、きちんと教育を受けていない子だ」ということが結論になった。本当のことは分からない。しかし、何人かの人は、沖縄へ行ったときの印象であの沖縄できちんと教育を受けていたらあんなことができるはずがない、と言った。沖縄の人に、現地での受け止め方、特に教員の思いを聞いてみよう。
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